「春に三日の晴れ無し」、このところの目まぐるしい天気の変化で二週続けて日曜日の森林ボランティアが中止になるなど、「きょうよう」「きょういく」に欠ける日々を過ごしている。
暇にあかせて本を読んだ。
このブログも、スタート時は
「森林インストラクター・豊島襄のフィールドノート」という題にふさわしい内容で自然の発見、驚きなどを私なりにビビッドにお伝えしてきたが(できれば、最初の一年くらいを覗いてみてほしい)、「林住日記」と題を変えて、日々の出来事の日記風になった。
ちょっと原点回帰で森林インストラクターにふさわしい内容を。
今日ではほとんどの人は、生物が30数億年前に地球上に生まれ、単細胞の生き物から進化によって我々ヒトのような高等な?種を含む数百万から千万種を超える種に分化した、という事実を知っている。
これは「ダーウィンの進化論」と呼ばれる学説で、ほぼ現代人の常識となっている。「遺伝子の突然変異」「自然淘汰(適者生存)」が多数の種を産み出したという説で、これでほとんどの進化という現象を説明できる。
しかしこれで100%「進化」を説明できるかというとできなく、日本の今西進化論のように10に近い補足的な?「進化論」が存在しているという。生物、自然界の奥深さが知られる。
それはそれとして、面白い話を一つ。
ダーウィン進化論が出る19世紀始めまで、多数の生物がいるという事実を「創造説」で説明していた
いうまでもなく、神が、人間を含むすべての生物を造り、それが姿形を変えず生き続けている、という説だ。
真面目に信じられていて、神が生物を造った日時まで計算した人がいた、アイルランドのフィッシャーやケンブリッジ大学のライトフィットという人で、聖書を詳しく分析して「紀元前4004年10月23日午前9時」に人類を含む生物が誕生したと計算した。
この創造説は、20世紀でも生きて信じられているところがある。アメリカの南部だ。
学校の生物の授業に「創造説」も加えるべきだという訴訟が起こされた。
1925年には「進化論」を教えた教師が訴訟されるというスコープス事件が起きた。
訴訟でも決着がつかず、「進化号」と「非進化号」という2両の汽車を同スピードで衝突させ、「脱線させた方が勝ち」という騒動が起きたという。
結果は、双方とも脱線し、決着がつかなかったという笑い話も。