春の植物について触れるなら、その「はかなさ」が消えないうちに、これに触れておかなければなりません。
「
スプリング・エフェメラル」
直訳では「
春のはかない命」、そこから「
春の妖精」「
春植物」とも呼ばれます。
代表は、カタクリ。
カタクリ:ゆり科
カタクリも、やはり、ゆり科ですから花被は6弁ですが、ピンと反り返るのが特徴です。この可憐さが、カタクリの人気が高い理由のひとつでしょう。タネが発芽して、だんだんと鱗茎を地中深く(数十センチ)もぐらせ、花を咲かせるまでに数年かかります。
カタクリは片栗。昔は、この鱗茎から片栗粉をとりました。しかし、数十センチの深さの小さな鱗茎を掘り出すのも大変でした。
確かなところでは、彩の国では、3月末か4月はじめごろ、東松山森林公園に行けば見られます。
もう万葉集にも詠われ、そのころは「かたかご」と呼ばれていたようです。
もののふの 八十少女(やそおとめ)らが くみまがふ 寺井の上の 堅香子(かたかご)の花
大伴家持 万葉集
フデリンドウ:りんどう科
写真では解らないかもしれませんが、草丈10センチほど、花の直径は、なんと1~2センチ。横のカラマツのマツボックリと比較したら、その小ささがわかるでしょう。しかし花の形は、リンドウそのもの。私は、初めて見たとき、その可憐さに感動しました。
昼間、陽光さんさんの時は、花を開きますが、曇り空や夜には閉じます。
4月末から、5月初めころ山野で比較的どこでも見られます。昨年、私は、嵐山渓谷や平林寺の雑木林でも見かけました。
地には星 筆竜胆の 小紫 水沢周「山小屋物語」(講談社)
先にもいうように、これらは、いずれもスプリング・エフェメラル(春の妖精)といわれる、はかない命。夏ころには、もう草自体、地上から姿を消します。
そのようなはかなさですから、はなはだ微妙な生育環境を要求します。決して掘って帰って育てようなどと不心得を起こさないように。
しかし、春先に咲くといっても、ミズバショウ、ザゼンソウなどは、これに該当しません。
「スプリング・エフェメラル」 はどこが違い、その特徴は何でしょうか?
それは、花だけでなく、植物本体も、夏を迎えるころには「はかなく」地上から消えてしまうというところにあります。ミズバショウ、ザゼンソウなどは、秋まで植物体が残ります。
僅かの間、地上に姿をあらわし、花を咲かせ、実を結び、早々に消えてしまい、一年の大半を眠りのなかで過ごします。
なぜ、このような生活パターンを取るようになったか?
それは、落葉樹の雑木林の林床に生活する、というところから来ています。
落葉樹は、いうまでもなく冬から早春までの間、葉を落とし、林床は陽光燦々です。しかしやがて、葉を茂らせ、林床には陽が射さなくなります。
これら林床植物は、この明るい間を利用して、生長、開花、結実を終えなければなりません。これが、その「はかなさ」の理由です。カタクリも、もう初夏には種子を熟させ、葉を枯らし、地上から消えてなくなります。
もちろん多年草ですから地中で眠っています。
いま、その落葉樹の雑木林が急速になくなって行っています。里山が利用(薪炭や落ち葉掻きなどに)されず、放置されて、冬も陽が射さない常緑樹やササの暗い林になって行っているからです。
「春の命のはかなさ」だけでなく、種(しゅ)自体も「はかなく」、絶滅が危惧されているものも多くあります。